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『ノモンハンの夏』半藤一利 読了!☆☆☆

ノモンハンの夏 (文春文庫)

ノモンハン』。この単語をはじめて意識したのは村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』であった。 それまで戦史モノのなかでその地で戦闘が行われたことは認識していたが、そこで当時なにが起きていたのか?というコトについてはついにこの歳まで知らずじまいであったのだ。

このところ半藤一利氏の著書を読み続けており、その読み易さ、史実の纏め方の旨さにすっかりファンになってしまった面もあり、半藤氏が描く『ノモンハン』である本書を手に取った次第である。

最近昭和モノを読む前に ・世界史の教科書でそのテーマはどう扱われていたか? を調べてみることにしている。

ちなみに山川の世界史の教科書だと、『ノモンハン』という単語はこの一文のみである。

このころ、日本は日独伊防共協定でソ連と対抗し、ソ満国境で張鼓峰事件(1938年)、満州外蒙古の国境でノモンハン事件(1939年)と、ソ連との軍事衝突をおこしていたため、独ソ不可侵条約に大きな衝撃を受け、平沼騏一郎内閣は方向をみうしなって退陣した。

平沼内閣退陣の一つの原因として扱われた事件の一つとしてその名称が揚げられているだけであり、その事件とはどういうモノであったのか?という説明は一切無い。 どうりで、なにも頭に残っていないはずである...(^^;)ハハハ。

日本の歴史的史実において、『戦い』の定義というモノが全くよくわからない。 『白村江の戦い』、『壇ノ浦の戦い』、『桶狭間の戦い』、『本能寺の変』『関ヶ原の戦い』、『大阪夏の陣・冬の陣』、『鳥羽伏見の戦い』等々。 古代から幕末にかけて、合戦という意味では『戦い』とする定義なのだろうか。ほぼメジャーどころは『〜の戦い』である。 『本能寺の変』は合戦では無く、あくまで局地的な争い事ということで『変』なのだろうか?

これが明治になると『西南戦争』、『日清戦争』、『日露戦争』と『戦争』という言葉を使うようになる。 この後辺りの昭和史になるとよくわからなくなってくる。『満州事変』に『日華事変』。 『事変』とはなにかというと、本来行動としては『戦争』行為であるにもかかわらず、宣戦布告をせずに(宣戦布告をして正式に国際法にのっとった軍事行動となるとアメリカ、イギリスに怒られるからという理由)、国際法上の軍事行動では無いものとして『事変』という定義を勝手にしているらしい。

ではこの『ノモンハン事件』とはなんだ?『事件』となると『五・一五事件』『二・二六事件』というように、あくまで国内での一時的な争い事、幕末までの『〜の変』と同様の意味合いでは無いのだろうか?

遠く満州のさらに西、外蒙古満州との国境線付近での日本帝国陸軍ソ連陸軍との軍事衝突、その結果、満州防備の軍である関東軍の1師団が国境外へ進行した上でほぼ壊滅するにまで叩きのめされた本軍事行動が『事件』で片付けられるモノなのであろうか?

本書を読み、改めて後味の非常に悪い、本事件の概要を理解した。 理解したとともに、やはり著者が本文の最後に書かれているこの一言

ノモンハン敗戦の責任者である服部・のコンビが、対米開戦を推進し、戦争を指導した全過程をみるとき、個人はつまるところ歴史の流れに浮き沈みする無力な存在にすぎない、という説が、なぜか疑わしく思えてならない。そして人は何も過去から学ばないことを思い知らされる。

これはなにより、『戦争』という軍事行動の総括を由とせず、『事件』という一跳ねっ返りの事象として総括したのみに止めた、陸軍参謀本部ならびに関東軍作戦課の作戦参謀の愚劣かつ無責任な対応がノモンハン事件の結果を招いたということ。 そしてもう一つは『統帥権』を振りかざしながらも陸軍組織内部ですら統帥しきれていないという実態。満州事変以降、関東軍の暴走を止められないのはなぜなのかと不思議でならなかったが、中国における軍閥同様、関東軍自身が中央に対する下克上の気風を育てていったということ。 こんな統帥も出来ず、真摯な反省も出来ない、始まる前からすでに崩壊すべき組織のすべてを包含している一部の組織に戦前の日本は命運を握られるようになっていったという面で、本事件で亡くなられた方々はその後の日本帝国の行く末を思うとなにも浮かばれない。

ノモンハン事件』という戦闘行為は、その用兵戦術、軍の意思決定プロセス、帝国陸軍としての精神性、参謀・幕僚部の意識、国際外交という面での戦略の欠如等々、すべてにおいてその後勃発する太平洋戦争での敗北に丸々同じことが当てはまる。

なぜ、日本のエリート中のエリートである集団が、決定的な敗北を結したにも関わらず反省という行為を実行できなかったのか、作戦参謀自身が顧みることも許されない組織を作り上げたことが最大の問題であるかもしれない。

本書はノモンハン事件を主題として話が進んでいくが、視線をヨーロッパに移すとナチスドイツがいつ開戦に踏み切るか?という状況であり、たんに日満vsソ連の状況だけでは無く、ドイツvsソ連の駆け引きも同時並行で語られていく。 その中では当然日独伊三国同盟締結に向けての国内政治の駆け引きも活発に行われ、国内では三国同盟派vs新英米派との駆け引きが繰り広げられるという、面で捉えるという点では非常にスリリングな本である。

しかし、ノモンハン事件終結で話が終わってしまい、その間サブストーリーとして展開していた三国同盟締結に至る話も途中で終わってしまうところが残念である。 その点だけで、本来は☆☆☆☆だが今回は☆☆☆としておきたい。

ノモンハンの夏 (文春文庫)
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