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『ヒプノスの回廊』栗本薫 読了!☆☆☆

ヒプノスの回廊―グイン・サーガ外伝〈22〉 (ハヤカワ文庫JA)

グイン・サーガ外伝の22巻。『ヒプノスの回廊』である。 もう、4年も前の2011年に出版されたこの本を今更ながら読み返す気になったのは、前回の書評にあるグイン正伝の『紅の凶星』を読んで、グイン・サーガという物語がよぉ〜やく終焉に向けて回り始めた実感を得て、そういえばグインの将来を示唆する物語があったことを思いだしたからである。

グイン・サーガには中原を舞台とする文明の世界での様々な国々の物語と神話の世界の魔道士を軸とする物語という文明と神話のせめぎ合いが展開される正伝と、中原のメインストーリーから派生するスピンアウトストーリーや、中原の世界とは異なる世界を舞台とした外伝の二つの物語が併存する。 正伝と外伝という二つの物語がそれぞれを補完し合う仕組みでさらに大きなグインの世界が構成されており、またそれぞれがシリーズとして長いので余計に面倒くさくしている面もあるのである。

ちなみに本書『ヒプノスの回廊』には6つの短編が収録されている。

  • グインサーガの始まりとなる、モンゴールによるパロ侵略前夜の話である『前夜』。
  • グインの世界のさらに未来、パロの闇王朝を舞台とした『悪魔大祭』。
  • まだ年若き二十歳のクリスタル公アルド・ナリスを主人公とした宮廷ミステリー『クリスタル・パレス殺人事件』。
  • イシュトバーン率いるゴーら軍により完全に併合された旧モンゴール大公領首都トーラスの名物料理屋<煙とパイプ亭>でのちょっとダークで不思議な精霊がもたらす誕生の物語『アレナ通り十番地の精霊』
  • アモンとの戦いの末、古代機械を積む星船とともに吹き飛ばされたグインの行く末が描かれた『ヒプノスの回廊』
  • 氷の惑星アスガルンの政体改革とそれがもたらす原住民の悲哀と復讐劇『氷惑星の戦士』

この中で一番重要と思われるのが本書タイトルでもある『ヒプノスの回廊』。 ちなみにこれはPANDRAに2006年9月に掲載されたとのことである。 まさに正伝のクライマックス、パロを制圧した竜王の子アモンとグインの最終対決。 グインはノスフェラスに眠る星船を起動させ古代機械の力を借りてアモンを遙か彼方の星屑へと飛ばすことに成功する。 御大がちゃんとうまくプロットを組み立てて書き上げれば、まさにここでグイン・サーガは大団円を迎えられるはずだったのだ。 しかし、正伝はその後またもや記憶をなくしたグインがノスフェラスで目を覚ますという、開いた口がアゴが外れて塞がらない状態にグイン読者を陥れたのである。

2006年の秋口というと正伝では110巻『快楽の都』が出版されている頃だ。 だらだらとノスフェラスからケイロニアへと記憶がいったりきたりのグインの帰還行が繰り広げられている時期である。

御大はこの短編をどういう気持ちで描いたのであろう? グイン正伝がちゃんと終えられないコトへのエクスキューズで書いたのだろうか? それともちゃんと今後のストーリーを再構成した上で、決着を付けるべき着地点を見極めた上での前振りとして書いたのだろうか?

本編ではアモンを討ち果たしたグインの意識が、故郷であるランドックへと飛ばされる。 そして、たびたび正伝でもキーワードとして何度か出てきた『アウラ』との邂逅。 短編ではあるが、本編によってグインの出自となぜランドックを追われたのか、そして過去との決別と中原ケイロニアとして自分の人生を生きていくグインの決心がすべて述べられているのである。

これが御大により提示されている以上、今後正伝では星船によって再び失った中原での記憶を完全に取り戻したとき、グインはおのれの素性を理解し、ケイロニアの平和しいては中原の平和を取り戻すために豹頭王としての目まぐるしい活躍が舞っているだけである。 グインの記憶を取り戻す物語というよりも、これからは完全に三国志の世界により近づくのではないだろうか?

もう一つ気になる短編が『悪魔大祭』。 パロの闇王朝が舞台のこの小編。 現在正伝でパロに居座る僭王イシュトバーン率いるゴーラもしくは新生パロのなれの果てなのだろうか? それとも、これも現在の正伝のパロ篇にてなにやらあのお方の影が見え隠れすることから、あの方がまた復活し、古代機械の技術力と魔道の力を駆使して闇に塗れた永遠の都を再建した果ての姿がパロの闇王朝となるのだろうか? どちらにしても、正伝でグインが活躍しパロを独立国家としたとしても、これまでの永遠の都クリスタルパレスが象徴する聖なるパロは終焉し、闇が支配する闇王朝のパロが新たに出現するのだろう。 その経緯が今後どのように正伝で描かれていくのか非常に楽しみである。