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『第一次世界大戦と日本』井上寿一 読了!☆☆☆

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日清・日露戦争第二次世界大戦との間の第一次世界大戦に具体的なイメージがともなわないのは、明治と戦前昭和に挟まれた大正の時代像があいまいなことに関連している。

第二次世界大戦に向かう戦前の体制に関して、なぜそうなったのか関連書籍を何冊読み進めていってもよくわからない。 よくわからないものをわからせてくれる本を探す旅はまだまだ続いている。

本書もその一環で手に取った。 冒頭に引用した一文、まさにボクの中でもその通りなのである。 第一次世界大戦は学校で習った知識の中では欧州の戦争に日本が東の方からどさくさ紛れにちょっかいを出したくらいにしか記憶の中に残っていない。 大正時代関しては期間が短かったということもあるのだろうが、記憶に残っているのは『大正デモクラシー』と『関東大震災』くらいである。 しかし、デモクラシーが成立した時代の後になぜ戦前の軍国主義のような時代がまかり通ったのかに繋がる知識がごっそり抜けているのだ。

第一次世界大戦と日本 (講談社現代新書)
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著者は言う。

第一次世界大戦前後の大正時代は振り返るに値しないのか。そうではないだろう。大正と今との間には時代状況の類似点があるからである。類似点を三つ挙げる。
  • 第一は大衆社会状況下の格差の問題
  • 第二は長期の経済停滞
  • 第三は政党政治システムの模索
以上の三つの類似点は、大正の新しい〈光〉と〈影〉の時代像とともに、歴史的な示唆を与える。大正時代の日本は光り輝く文明国だった。この時代がモダンで平和だったのは、長期の経済停滞にもかかわらず、経済的な国際協調が基調になっていたからである。

引用が長くなったが、国内においては上記の3つの類似点の観点で大正時代を中心とした国内の在り方が整理されている。 なるほど、類似という点ではまさに類似していると言えなくもない。 ただ、それよりもボクにとって意外だったのは『経済的な国際協調』、第一次世界大戦の仕組み・枠組み・戦略、この戦争の前後において世界の在り方が変わっていったという部分である。

第一次世界大戦のボクのこれまでの拙い見方は『欧州における列強の戦争』以外の何モノでも無かった。 しかし、この戦争の大義は欧州に限らず、戦後の枠組みも考慮すると『「徳」=国際正義を代表するアメリカと「力」を代表するドイツの戦争だった。「力」は敗けて「徳」が勝った。』という整理の仕方が新鮮であった。 この時代からアメリカの大義は名目上『国際正義』なのである。 実際、戦中から戦後の国際体制の再構築を想定した国際連盟の枠組みが連合国を中心に進められる。

しかも、日本は国際連盟の常連国としてアジアの利益に止まらず、国際協調という新外交の枠組みを忠実に実行し、国際連盟を通して列強の義務を果たしていくのである。

ここまで国際連盟において当時の日本がコミットしていたとは驚きであった。 歴史の教科書では国際連盟脱退は触れられているが、国際連盟での日本の役割についてはほとんど言及されていない。

ただ、ここから先が問題なのである。 国際協調の下に国家戦略を進めていた日本がなぜ、それに反するような道を20数年のうちにたどることになるのか。

その原因は様々なものがあるだろうが、全ては最初に触れた現在との類似点の3つに起因するものである。 長期の経済停滞は持てるものと持てないものの格差を広げ、デモクラシーが浸透し政党政治が機能すると、政党は多数派工作のためにより大衆に阿る政策に傾いていく。大衆に阿る政治はプロフェッショナルを排斥し、大衆の声に阿るアマチュアリズムに傾倒していく。

マチュアリズムは勢いが過ぎると腐敗を生み、国を憂う高い志はナショナリズムの昂揚で大衆の不満を吸い上げ、力で克服する。

大正から昭和へ向かう時代、このように整理をすると薄ら寒いほど現在の状況に酷似する。 しかし、大衆はそれほど愚かではないという部分をまだ信じたいボクとしては、まだ『なぜ力で克服する』という方向に大衆が熱狂していったのか?という大衆心理についてはまだまだ納得できない部分があるのである。