DVD「驚異」はものスゴいっ!

  
彼らの音を初めて聴いたのは小学校である。
当時プロレスのヒールとして一世を風靡していたアブドーラ・ザ・ブッチャーのテーマソング。
まだ、洋楽などマジメに聴いたこともない年頃のボクはこれはブッチャーのためにつくられた悪魔の音楽だと思っていた。
風が吹きすさぶSEからはじまりおどろおどろしい、ベース音。
ズンゴズンゴズンゴズンゴ繰り返し低音がプロレス会場に鳴り響く。
まさに、悪役登場のテーマにもってこいの音だった。


彼らの動く映像を観たのは高校時代だったはずだ。
当時土曜の深夜にやっていた小林克也ベストヒットUSAでかれらの日本でのLIVE映像の一部分を観たのが初体験だ。
場所は箱根アフロディーテ。後々、これが彼らのファンの中では伝説的なLIVEだったということを知る。
たしかに、TVで観た当時のボクもなんやらスゴそぉ〜という感覚だった。
当時、まだ全米TOP40モンやHR/HMを中心に聴いていたボクにはよくわからない音楽...。
ただ、演奏が進むにつれて、舞台効果のスモークではなく、徐々に自然の靄・霧でLIVE会場が覆われていく自然の演出と相まって、音と光と自然が繰り出す効果が見事に調和されて幻想的なステージがそこにはあった。
そのLIVEが行われたのは今から36年前。1971年のことである。
こいつら、なんかスゴイ。
この頃から、彼らのアルバムを聴きだした。が、まだ年若いボクにはよくわからない音楽だった......。



というわけで、ピンク・フロイド(PINK FLOYD)である。
ところどころで、ピンク・フロイド体験はあっても彼らの音楽はそれほど聴き込んではいない程度のボクである。
どちらかと言うと、同世代のプログレであればYESのほぉ〜がわかりやすくて音楽的にもタイプなボクだ。
しかし、年に数回衝動的にピンク・フロイドの音楽に浸かりたくなるのだ。
大人になってよぉ〜やくというか、彼らの音楽の世界観がなんとなく身に入りやすくなっていた。
部屋を真っ暗にして、彼らのアルバムをかけてその音が繰りなす世界に没入する。
ある意味、交響曲を聴くときのような心持である。
けして、BGM代わりで彼らの音を聴くことは出来ない。


驚異 [DVD]
先月、彼らの12年前に行われた"The Division Bell"TourのDVDを入手した。
このツアーの内容はすでに1995年に"P.U.L.S.E"としてCD化されたものだが、今回のDVD化目玉はCD化の際には収録されなかった"Dark Side of the Moon"(狂気)アルバムの完全再現が収録されていることだ。
リアルタイムでの彼らの経験は80年代後半以降しか知らないボクとしては是非この「狂気」を感じてみたかった。


ステージ中央に皆既日食のような様子のスクリーンがSEの音とともにステージ上部に上がっていく。
当時話題となったバリライトに囲まれている円形スクリーンだ。
ステージ中央にニック・メイスン(dr)。ステージ右側にリチャード・ライト(key)。
そして、ドラムセットのやや左にデヴィド・ギルモア(g)だ。
1曲目のシド・バレットに捧げられた曲"Shine On You Crazy Diamond"で史上最大と言われたロックコンサートが始まる。
開始早々、光と音の洪水に見舞われる。


第一部はロジャー脱退後の曲を中心に進められていく。ボクとしてはこの頃の曲の方がなじみ深い。
何曲か観ていると、フト妙なことに気付く。
アリーナ側から遠めにステージを映し出す際にアリーナの観客のバックショットが所々で映るのだが、みな頭が微動だにしていない。
まるで、抵抗不可能な絶対者を前に心服しているというか、コンサートでいうならオーケストラのコンサートを観にきている観客のような様子なのだ。とてもボクの知っているロックコンサートではありえない。
しかし、ステージ上のメンバーも楽しそうに演奏をしているし、曲の始めと終わりには観客の歓声も聴こえてくる。
ボクもその場にいれば、ピンク・フロイドの圧倒的な力の前に茫然と聴いているしかないのであろうか?


第一部はブッチャーのテーマで終わり、第二部が史上最高のロックアルバムと言われる"Dark Side of the Moon"の全曲演奏となる。
普段、アルバムで聴くのとは違い、視覚にも迫ってくる分アルバム以上にボクの身体に迫ってくる感じだ。
観客も聞き漏さず、見漏らさずといった感じで相変わらず微動だにしない......。


アンコールは"Wish You Were Here"から始まる。イントロが始まるところでフト、デヴィッド・ギルモアが上空を見つめる。
シドの影でも感じたのか。
最後は"The Wall"から"Run Like Hell"。この最後のステージ効果はすさまじいばかり。観客もいままで押さえてきた感情が一気に爆発する。
最後はステージそのものが爆発したのでは?と思うほどの火薬量の花火で幕を閉じる。



今回、初めてピンク・フロイドのステージを観て感じたのは、これはある種歌舞伎のような様式美の極地なのではないか?
ということだった。
唯一無二の一つの確立されたアートとしてのピンク・フロイド。


唯一無二の音楽性、卓越した演奏力に

・牙をむく豚、会場内を墜落していく飛行機、会場全体を照らすミラーボール等の舞台装置
・円形スクリーンに映し出される不可思議な映像
・コンピュータ制御された目紛しいバリライト演出
・曲とシンクロして連発する特殊効果(花火)

などの全てが組み合わさって一つのピンク・フロイドという芸術を形作っている。
そこには一寸の隙もなく完成されている。
観客とともに作り上げるLiveなんてな感じの和気あいあいとしたモンではない。
悲しいかな、観客はあくまで観客として彼らから一方的に与えられる完成品を受け入れるしかないのだ。


ステージ上、いや会場全体を覆って観客を包み込んでいるのはシド・バレットのバンドでもなく、ロジャー・ウォーターズのバンドでもない。
ましてやデヴィッド・ギルモアのバンドでもない。
ピンク・フロイドという種類の20世紀後半に生まれた一つの様式であり、芸術である。


観客は、ただそれを観賞するしかない。


去年のLive8でピンク・フロイドとしてつかの間の再結成?和解??をしたデヴィッド・ギルモアとロジャー・ウォーターズだが、その後両者はまたそれぞれの道に戻っていってしまった......。
デヴィッド・ギルモアはソロ活動に専念しており、ピンク・フロイドとしての活動はいまのところ頭には無いようだ。
今回、こんなすごいLiveを観てしまったボクは、是非ともじかにこの目で一度ピンク・フロイドを経験したいと思っている。
彼らの活動再開がいつになるかわからないが.........。




"How I wish, how I wish you were here"