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久方ぶりに年賀状を書く...というか作る...というか印刷する。


この週末、久方ぶりに年賀状というものを書いた。
おそらく干支一回りブリである...(^^;)ハハハ
一回り前のボクは年賀状を送るという一般的とされる行為をやめることとした。
社会人になってから、毎年どぉ〜しよぉ〜かと悩みつつも最初の担当の4年間は出していたのだ。新入社員として配属して、上司先輩にはさんざんお世話になっていたので、これは礼儀の範疇だなと思ってのことだった。
でも、学生と違って会社は三が日が終わると4日には仕事始めなんで、わざわざ出す必要があるのか?と疑問には思っていたのだ。
遠方の友人とかなかなか会う機会が無い人には年に一度くらいの生存確認で出す意味もあると思うのだが。
当時は田舎の友人も皆独身だったんで、年末年始に実家に帰れば会ってたんで、わざわざ年賀状を出すという感じでもなかった。
というわけで、当時のボクにとっては年賀状なんてもんはよく意味がわからない社交辞令以外のなにものでもなかったのだ...(^^;)ハハハ

そんな義務感で出していた年賀状をやめようと思ったタイミングが、初めて異動になった入社5年目の時だったのだ。
今までの会社人生で一番腐っていたその担当での一年。
大規模システムの開発でボクもそのブラックホールに飲み込まれた口なのだが、ノウハウの有無関係なく頭数だけかき集めてきたそのプロジェクトはほんと酷いもんだった。
ほぼ四半期単位でグループの再編成が続き、3ヶ月間の成果は再編の度に御破算。とにかくプロジェクトマネジャーを筆頭になにをすべきなのか全然方針が固まらないプロジェクトだった。
そんななか、自分の成果も評価以前に御破算にされてしまうような担当で、上司に対しても先輩に対してもなんの恩義も感じることなく過ごしたボクは、その年キッパリ年賀状出すの止めよう!と決めたのでありました。

その後の異動先でも尊敬に値する上司でないということから、ボクは年賀状出さない人なのでスッ!というキャラで通して来たのでありますが、今の担当に配属になってよぉ〜やく、上司にも後輩にも恵まれてこれは出しておくべきかね?と思いかけたところで昨年我が家は喪中だったんで年賀状というカタチでは出せず、よぉ〜やく今年になって12年ぶりに年賀状を作成する機会と相成ったわけなのです。

来年は丑年!
実は前回の丑年以前から、丑年の年賀状の絵柄はこれしかないでしょっ!と決めていたモノがあった。
高校時代にそのアルバムジャケットを初めてみた時に、なんぢゃこりゃぁ〜〜〜っ!?とあまりのインパクトに怖れ崇めたモノなのだ。

今回ついに日の目を見たわけである。
相方さん曰く、「わかる人にわかればいぃ〜なんて、絶対わかる人いないよ?ちゃんと普通に謹賀新年とか普通にしなさいっ!」と言われたが、とにかく今回はこれなのである。
おそらく、高校時代にバンドをやっていた友人とうちの担当でも音楽系に強い1、2人くらいわかってくれればラッキーである...(^^;)ハハハ。



関係者の方々へ
決して、手抜きの年賀状ではありません。
この図案の裏にはそれはそれは深いボクの思いが込められているのです(笑)