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巡り巡ってシステム手帳に戻るボク


前にもボクの手帳遍歴をエントリーしたよぉ〜な気がするものの、来年の手帳構成も決まったことだしまた懐古懐古。
「手帳」なるものを最初に手にしたのは中学か高校あたりの「ぴあダイアリー」だったと思う。
手帳の中身というよりも「ぴあ」のブランド(今と違って当時は情報誌といえばぴあだったのだ)を関したグッズを手にしたいという思いだけだったと思う。

その頃、ちょうどファイロファックスが日本に上陸してシステム手帳ブームが情報誌・ファッション誌あたりを発信源に作り上げられていったんだと思う。
ボクもそんな記事を眺めては、ファ〜〜〜と鞄替わりにファイロファックスを片手に颯爽と闊歩することを夢見ていた...(^^;)ハハハ。
今思うと、この後繰り返す「情報管理はこれひとつで十分!」という謳い文句はこのシステム手帳ブームが最初ではなかろうか?

とはいえ、まだち○○に毛が生えそろったばかりのボクの資金ではとても手に入る額ではない。オトナになったらファイロファックス!いやいや、大学生になったらファイロ
ファックス!!と息巻くものの、大学生になってもまだファイロファックスには手が出なかった。

大学入学とともに手にしたのはファイロファックスの廉価版(?)のスタイロファックスだった。
革の質感が若干チープではあったものの、でも念願のシステム手帳である。とにかくどこに行くにも意味なく持ち歩いてた。
しかし、手帳の中身はといっても、空欄だらけのスケジュール帳とアドレス帳くらいしかなく、他にどんな使い道があるのかもわからないまま、今思うとブームの余韻に浸っていただけなのかもしれない。
やがて、システム手帳ならではの真ん中に鎮座坐すバインダーの金具が邪魔っ!と気になりまくり、社会人記念によぉ〜やく念願のファイロファックスのスリムタイプを手に入れた。
とはいえ、相変わらず用途はスケジュール&アドレスだ。

そんなこんなで、システム手帳ブームが過ぎ去るとともにやって来たのが電子手帳ブーム!
最初の頃はあまり興味が持てなかったものの、あの名機HP200LXの登場とともにズッポリとはまりこんだ。
これからは電子なのだッ!これなら、情報の再利用が可能だし、パソコン通信を介して文書のやり取りも可能になる。これ一つで情報管理は十分!!!
ブームに流されやすい質なのだ...(^^;)ハハハ。

HP200LXで火がついたガジェット熱はその後PalmCLIESigmarionと変遷する。
CLIEを使用していた頃は「デジタルとアナログを組み合わせる」ためのジッパータイプのオーガナイザーなんてモンがあったために、CLIEとミニ6穴のシステム手帳を組み合わせて使用したりもしていた。

しかし、この運用も破綻する。
ガジェットの仕様に自分の使い方を合わせている限り、必ず無理が祟るのである。
そんな頃、ネット上に現れたのが「ほぼ日手帳」だ。一日一ページという、そりゃスペース取り過ぎでしょ?という仕様。手帳らしくない佇まい。
なにより限定生産、早いモン勝ち!という売り方が気に入った。
手に取ることも出来ず、最初の2002年版を買おうとしたが時すでに遅し。
結局、手にすることが出来たのは翌年発売の2003年版からだった。

以来、5年間ほぼ日手帳と幸せなお付き合いをしてきた。毎年マイナーチェンジしていく進化する手帳。
若干、ココ数年商売っ気に走りすぎている感もあるが良くできた手帳だと思う。
今年から、フランクリン・プランナーに切り替えたが、ほぼ日手帳は好きである。ただ、以前のようなほぼ日手帳ぢゃなきゃイヤ!という感覚では無くなってしまったのだ。


こうして振り返ると、生活の中に「手帳」を位置付けるようになってからは、ほぼ5年周期で手帳を変えているように思う。
ぴあダイアリー(綴じ手帳期)→スタイロファックス〜ファイロファックス(システム手帳期)→HP200LXPalmCLIESigmarion(電子手帳期)→ほぼ日手帳トラベラーズノート(綴じ手帳期)→そして、いまフランクリン・プランナー(システム手帳期)と。


なんか、長くなったが10年経ってまたシステム手帳に邂逅したのだ。
フランクリン・プランナーのバインダーも持ってはいるが、メインはファイロファックスである。
よぉ〜やくあまり気にせずファイロファックスを手にするような身分にもなった。(とはいえ、当時との一番の違いは国内店舗販売より格安で手に入るルートがあるからだが(笑))
なんか、同窓会でむかし憧れていた娘に再会した時のよぉ〜な気分である(笑)

せっかく、ファイロファックスを堂々と使えるよぉ〜になったんだから、やはりあのバイブルを読むしかなかろぉ〜!
とアマゾンのマーケットプレイスで「スーパー手帳の仕事術」を買い求めた。

スーパー手帳の仕事術

スーパー手帳の仕事術

1986年出版の当時のファイロファックスブームを牽引した一冊である。
裏表紙には「The fILOFAX Manual 」とまで書かれている(笑)

中身は植草甚一郎のエッセイとかでよくあるイラストとのあるレポートから始まる。
このあたり、当時の空気を感じられるところだ。

まぁ、とにかく著者はファイロファックスの素晴らしさを伝えるエバンジェリストと化しているので、ファイロファックス第一主義で文章が貫かれてはいるが、その中でも今でも通じることが書かれている。

情報は、規格の統一がされて初めて意味のあるものになるというのが、私の持論である。

情報整理は、大脳整理のための情報生理という哲学を持たなければならない。頭をスッキリさせる大脳整理のために情報の生理をみきわめよ、ということである。
その基本にある認識は、頭のなか本来グチャグチャであるということと、情報は生理的に快感を覚えるようなカタチにして利用せよ、ということである。
それと、ものぐさ人間でも頭を使わずにできる情報整理こそが、最上のシステムということである。

このあたりの話はその後1993年11月に初版の発行してブレイクした『「超」整理法』にも通じる話だ。おそらく、この前からも同じような話は繰り返されてきたのではないかな。

日本の手帳は、スケジュール管理が中心である。企業が作る手帳はダイアリーが中心である。ところが、英国のビジネスマンのファイロファックスは、仕事に不可欠なデータ・リフィルが中心だった。手書きの分厚いデータ部分が、ファイロファックスの大半を占めていた。なるほど、ファイロファックスがぶ厚いほど仕事ができる人と評価される理由が、よくわかった。
日本人のスケジュール中心の手帳思想と、英国人のデータ中心の手帳思想の違いは、また東洋思想と西洋思想の違いによるものかもしれないと思う。
日本人にとっては、仕事を「いつまでにするか」が重要であり、品質より期限が優先する。一方、英国人にとっては、「何をどうするか」が重要であり、期限よりも品質が優先するように思える。
これは、日本人が東洋的な時間意識、輪廻の意識のなかで生きてきたためかもしれない。輪廻の生命観では、時間は無限である。無限だからこそ、時間を区切っていかないと落ち着かない。
一方、キリスト教による最後の審判、終末の生命観では、時間は有限である。有限だからこそ、大きく時間が区切られているからこそ、時間にこだわらず濃厚な仕事を残そうとするのではないだろうか。

「日本人にとっては品質より期限が優先する」「英国人にとっては期限よりも品質が優先する」これは、どうかな?と思う。ボクの業界を見渡す限り「期限よりも品質重視」に感じるところが多々ある。
これは、著者も言葉の選択をあやまったんぢゃなかろぉ〜か?
たまたま、今日会社の研修で「変革のリーダーシップ」とはなんぞや???みたいなモンを受講してきたのだが、そんななかで長時間労働が恒常化している職場をどう変革していくかという話の流れで、こんなことを言っていた。

「日本人は『効率良く仕事をする』という習慣がない。『時間をかけて仕事をする』と考えがちである。」

この本の著者が言いたかったのはこういうことのほうが近いのではないかな?「品質」よりも「効率」を例に出したほうがボクにはシックリ来ると思う。

”情報”という言葉は、とても重い。情報化社会という言葉には、巨大都市のビル街と通信衛星とコンピュータの匂いがまとわりついている。そこにあるのは、”量”の世界である。情報量が多ければ多いほどビジネスに勝てるという愚かな思い込みである。
だが、実際にビジネスで成功している人たちは、小さな情報を大切にしている。小さいが、質の高い情報である。それは、だれもが手に入れられるようなものではなく、しかも無機質なものではない。

このころは、まだインターネットなんて想像だにしなかった時代だ。後10年もすればさらに情報の洪水に塗れる日々を過ごすことになるなんて夢にも思ってなかっただろう。
まさに、情報管理のキモは「いかに小さな情報を選りすぐり、大切にしていく」かだと思う。
なんでもかんでも押し込んでメタボと化したシステム手帳が最先端からいつの間にかダサいことの代名詞の一つとなってしまったように、自分にとって真に必要な情報はなにか?真に必要な情報を選択するにはどうすればよいか?このあたりを意識した上で、使い勝手のよい今後数年手元に置いておくことに価値があるシステム手帳に育てていくか。

それが問題なのである...(^^;)ハハハ。